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もうひとつの脳_グリア細胞


ニューロンといえば、人の脳よりも、最近話題のAIで一般に馴染みがあるかも知れない。最近注目されているディープラーニングに基づくAIは、脳の神経細胞であるニューロンの構造や機能を模倣したものである。まだ実用化が始まったばかりだというのに、さまざまな分野で驚異的な能力を発揮している。このようなAIも、脳のニューロンを極めて単純化し、特定の機能に先鋭化したモデルに過ぎない。


一方、人の脳は、それぞれがAIのノード(ニューロンに相当)よりもはるかに複雑な構造をした約1000億ものニューロンからなっている。ところが、ニューロンは脳内の全細胞のわずか15%にすぎず、残りはグリアと呼ばれる細胞により占められているという。これまで、グリアはニューロンの間の隙間を埋める梱包材に過ぎないと考えられてきた。しかし、最近の研究により、この細胞が脳機能の重要な役割を担っていることが分かってきた。人の脳はAIとは比べものにならないほど、複雑で神秘に満ちた構造をしているのである。


このグリア細胞について、分かりやすく、かつ親しみやすく書かれた著書が「もうひとつの脳(講談社)」である。著者は細胞科学の世界的権威、R ・ダグラス・フィールズである。最先端の科学であるとともに、我々の健康と密接に関連した切実な問題だけに、非常に興味深い。




グリア細胞の特徴や働きについて、本書の第16章に簡潔にまとめられているので、以下その一部を抜粋して紹介する。


グリア細胞は胎児脳を築き上げ、神経経を配線し、損傷すれば、それを修復する。また、軸索を駆け抜けるインパルスを感知し、信号を調節し、エネルギー源と神経伝達物質の基質をニューロンに提供する。さらに、広い領域のシナプスやニューロンを機能的集団に結びつけて、ニューロンから受け取った情報をグリア独自のネットワークを通して統合し伝搬する。ニューロンの通信回線を絶縁し、そこを通るインパルスの速度を調節する。・・・グリア細胞を介して情報が拡散していることは間違いないが、それは電気信号ではないメカニズムによって、異なる時間的・空間的スケールで伝搬されている。グリアのコミュニケーションは広範囲に向けて行われ、ニューロンのように直線的ではない。また、その通信速度は遅い。・・・・この基本的な差異は、「もうひとつの脳」がニューロンの脳とは異なる方法で、そして異なる理由によって情報を処理することを物語っている(516頁)。・・・


このほかにもグリアは、ゆっくりと発現する認知機能を調節しているに違いない。アストロサイト(グリア細胞の1つ)は、ニューロンの興奮性とシナプス強度を、増強あるいは減弱できる。グリアの緩慢で着実な影響は、身体の平衡、言い換えれば「恒常性」に重要な役割を担っていることを示唆している。・・・認知において、この制御が重要なことは、てんかんのような神経障害、あるいは統合失調症や自閉症のような精神疾患の例からも明らかだ。・・・脳機能の多くはゆっくりと出現し、作動する。情動や感情、注意のサイクル、成長や老化に伴う認知力の変化、ギター演奏のような複雑なスキルの獲得などは、グリアが得意とし、ニューロンの機能を調節しているタイムスケールで進行する。・・・・グリアが病気に関連していることはいまや明白である。てんかんや発作、感染、脳卒中、神経変性疾患、癌、脱髄疾患、精神疾患はどれも、さまざまな種類の多くのグリアと関連している。しかし、グリアは、病気のときだけでなく健康なときにも、脳を調節し再構築している(517-518頁)。


アストロサイトは、脳の広大な領域を受け持っている。・・・アストロサイトは1個で、10万個ものシナプスをつつみこむことができる。・・・アストロサイトはたくさんのシナプスやニューロンを、機能的な集団へと結びつけている可能性が高い。・・・このような構造的特徴、さらにはその交信のメカニズムは、脳機能の広い範囲にグリアが関与していることを示唆している(519頁)。



         アストロサイト(グリア細胞の1つ):東北大学大学院医学系研究科の記事より転載


物理学者である湯川秀樹は、中間子の存在が夢の中でヒラメいたという。また、二十世紀最大の物理学者アインシュタインの脳内のグリアの占める割合は異常に高かったという。また、電車の中でうとうとしているときや睡眠中など、意外なところで良いアイデアが浮かぶことは多くの人が経験することだと思う。人が得意とする直感やヒラメキ、あるいは創造性はグリア細胞の働きが大きく関与しているものと思われる。


しかし、グリア細胞の働きについてはまだよく解明されていないという。グリア細胞の今後のさらなる研究の進展によって、数々の難病が克服される日がやがてやってくる、という確かな希望を得ることができた。また、グリア細胞の機能を応用することによってより、現在のAIが不得意とする直感やヒラメキ、創造力、豊かな情操といった、より人間らしい能力をもったAIの実現も可能になってくるかも知れない。

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