徒然なるままに

あるがままを生きる

昭和から平成、そして未来へ_その3

                                高尾山



今回は技術と社会の未来について考えてみたい。


最初のトランジスタが発明されたのが1947年、それから半導体技術を中心とするエレクトロニクス産業が日本経済を牽引するようになったのが1970年代後半になってからである。1980年代後半になるとカメラや家電といった旧来の製品が成熟化してきた。それから約10年、バブル崩壊を挟んで新たな技術の模索が始まった。そして、2000年代になって一般に普及してきたのがインターネットである。さらに、インターネットを軸に、いま人工知能が社会を大きく変えようとしている。そしてこれらの技術も2050年ごろになると成熟し、さらに新たな技術革新がなされていくと思う。


科学技術は私たちに便利や豊かさをもたらす一方で、大気汚染や放射能汚染、ゴミによる環境破壊が大きな問題となってきた。インターネットの普及により、それまで経験したことのないようなネット犯罪や、ネット依存症など新たな社会的問題も発生している。しかし、これらの問題は新しい技術にはつきもので、いずれ必ず解決すると思う。


〇 豊かな社会と幸せ

インドと中国の間にあるブータン。経済的には決して豊かとは言えない国であるが、2005年の国勢調査では国民の97%が「私は幸せである」と答えているそうである。幸福度が、伝統や文化、教育等をベースにした心の在り方と大きく関係していることを示す象徴的な例だと思う。しかし、この国もやがて開放され、人々が物質的な豊かさを享受するようになるとどうなるかわからない。私自身、戦後の経済的に貧しい鹿児島の片田舎の農村に生まれ、衣食には不自由していた。そして、現在のような豊かな生活を経験すると、あの経済的に貧しい時代にだけは戻りたくない。衣食住足りた生活は、精神的なゆとりを持ち幸福度を高めるための必要条件であると思う。


現在、世界人口の1%にあたる富裕層が保有する資産は、それ以外の99%の人々の資産全てを合計したよりも多いという。そして、世界中で12億以上の人々が1日わずか1ドルで生活し、20億人以上が1日2ドル未満で生活し、8億5,000万人以上が日々の食べ物にも事欠く毎日を送っているという。


18世紀後半にイギリスから始まった技術革新による産業構造の変化および経済発展は、やがてヨーロッパからアメリカへ、そして日本へと伝搬し、いまや中国が世界一の経済大国になろうとしている。このように、高いところから低いところに水が流れるように、やがて世界中が豊かになる時代がやってくると思う。皮肉なことに、経済発展が進むと人口増加も抑制されてくる。食糧問題も農業改革により解決していくと思う。


しかし、経済的に豊かになることイコール幸せではない。社会が複雑化し様々な誘惑の多い今日、特に若い人たちは果たして幸せだろうかと思うことがある。私の子供の頃は物質的には恵まれなかったが、ある意味、幸せだった。物質的に豊かになった今こそ、幸せとは何かを社会全体として考え、それを教育や政策に生かしていくことが大切だと思う。


〇 平和

他国の独裁者の暴走や戦争の芽を早期に発見し、抑止していくためには国際的な協調が欠かせない。近年、国際的な協調に情報通信技術が果たしている役割は大きいと思う。情報通信技術の進歩により、他国の政治・経済・軍事等の動向の把握が容易になり、これまでと比べて未然に危機を抑止できる環境が整ってきている。また、科学技術を、戦争や貧困をなくし社会問題を解決するために積極的に使っていこうという取り組みも始まっている。


しかし、自国の政治家の暴走を防ぎ、社会の安全を保障してくれるのは科学技術ではない。それは他ならぬ憲法である。いま、日本の将来を左右する憲法改正が行われようとしている。国民一人一人がもっと政治に関心をもち、積極的に政治に参加する姿勢を持つべきだと思う。スキャンダル追及ばかりが目立ち、本来の政策論争がなおざりにされている昨今の政治状況にイライラ感を募らせている人も多いと思う。与野党、マスコミだけでなく付和雷同的に行動しがちな国民にも大きな責任があると思う。国民一人一人が自立した人間になり、自分自身でしっかり考えて政治に参加することが大切だと思う。


〇 地球環境の保全

産業の発展とともに環境汚染が社会の大問題となってきた。その最たるものが二酸化炭素の放出によるオゾン層破壊と地球の温暖化、およびプラスチックごみによる海洋汚染である。やっと国際的な協調により対策の動きが出てきた。人間の力は大自然の力に比べると極めてひ弱な存在である。地球上のすべての動植物は、この地球上に生命が誕生して以来、地球環境に最も適用するように進化してきた。このバランスを破壊する行為は、自らも破滅する行為であることは明らかである。地球環境を大切にし、動植物を慈しむ思いやりのある心を持ちたい。


歌手のイルカさんの「いつか冷たい雨が」の歌詞を紹介して終わりにしたい。

                                 いつか冷たい雨が

作詞、作曲:イルカ

雪がふる駅の片すみで だれにも いたずらされない様に

うずくまっている年老いた犬 パンをあげても 見てるだけ

時が来れば 汽車にのる私

泣く事の他 何もしてあげられない私


広い道路の真中で ひかれてしまった みけ猫

その上を何台もの車が 通りすぎていく

思わず目をとじてしまった 私を許して下さい

みんなだって そう思っていると信じたいのです


牛や鳥やおさかなも 人間の為にあるのよ

サァ残さずに食べなさい

そんな風に言うおかあさんには なりたくありません

でも私だって 食べて育ってきたのだし

虫だって 殺した事もあります


だから だから お願いです

もう役に立たなくなったら

すててしまったり 自分本位でかわいがったり

小さなオリに閉じこめて

バカにしたり きたながったり

人間だけが えらいんだ なんて ことだけは思わないで下さい


人間以外の物達にも もっとやさしくして下さい

同じ時を生きているのだから

朝が来れば 夜も来るし

生まれて そして死んで行く

私が土になったら お花達よ そこから咲いて下さい 


おわり



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