なぜ子供は親の期待通りに育ってくれないのか
大きな事件が発生したとき、よく事件の当事者の生い立ちと関連付けて報道されることが多い。偉業が成し遂げられたときもそうである。しかし、どのような不幸な生い立ちであってもりっぱに成長する人は多いし、どんなに理想的な家庭で育っても反社会的な性向を持っている人もいる。また、子供を持つ多くの親が、「子供は親の期待通りに育ってくれない」と嘆く。レスリングの浜口親子 重量挙げの三宅親子のような、どこの親も羨むような親子関係は、むしろ数少ないのではないだろうか。また、同じ家庭で育った兄弟なのに、他人のようにパーソナリティー(人格)や容姿が異なっていることも多い。日常経験するこのような出来事に関して、人のパーソナリティーと環境や遺伝との関係に疑問を感じている人は多いと思う。
「人間は空白の石版」という説、すなわち、 人間の心や行動の根幹は、生まれた時点では何もない真っさらな状態で、後天的な環境が全てを決定するというブランクスレート説と、人のパーソナリティーの形成には遺伝的な影響があるとする説(仮にここでは「遺伝子説」とよぶことにする)は、歴史的に長い間対立し論争が繰り広げられてきた。遺伝子説を主張する世界的に評価の高い名著があるので簡単に紹介したい。タイトルは「人間の本性を考える(心は空白の石版か)」(原著名:The Blank Slate: The Modern Denial of Human Nature)、著者はハーバード大学の心理学教授のスティーブン・ピンカー(Steven Arthur Pinker)である。
本書は上・中・下の3巻から成っており、上巻のほとんどはブランクスルー説に対する反論に充てられている。また、中巻においては本書の「遺伝子説」に対する懸念を示し、それが誤謬であることを丁寧に説明している。さらに、下巻においては「子育て」などの人間の本性から見た5つのホットな問題について述べている。なお、本書はスティーブン・ピンカーの豊富な知識が散りばめられ、やや饒舌なところもあって、全体を読み通すにはかなり根気がいる。
本書は話題が多岐に渡っており全部を紹介することはできない。そこで、本記事の最大の関心ごとである「子育て」について記載されている第19章について簡単に紹介したい。第19章では行動遺伝学の法則として以下の3つの法則について説明している。
(1)人間の行動特性は遺伝的である
心理学者の発見によれば、パーソナリティーは「内向性あるいは外向性」、「神経質傾向」、「経験に対する開放性」、「攻撃性と調和性」、「まじめさ」の主要な5つの因子に分類できるとされている。ある大事典にでてくる人格特性を表す18000語の形容詞のほとんどは、「嘘をつく」、「盗む」、「喧嘩をする」といったような短所を含めて、この5つの因子に分類できるとされている。そして、パーソナリティーの主要5因子はすべて遺伝的であるとされている。離婚傾向やテレビの視聴時間も遺伝的だというから驚きである。
なお、ここで注意しなければいけないのは、あらゆる細部まで遺伝子が決定するのではなく、遺伝子の影響の大半は確率的であり、ある環境内のばらつきの半分が遺伝子と相関しているだけだということである。さらに、遺伝子の影響は環境によって変わるということである。決して、しつけや教育が無駄ということではない。また、明らかに家庭や文化によって左右される具体的な行動特性、例えば、どの言語を話すか、どの宗教を信じるかといったことは遺伝的ではない。
(2)同じ家庭で育った影響は遺伝子の影響よりも小さい。
兄弟が同じ家庭で育つことによってどんな経験を共有するにしても、それはどのような人間になるかにはほとんど、あるいはまったく差異を生じさせない。
(3)複雑な人間の行動特性に見られるばらつきの主要な部分は、遺伝子や家庭の影響では説明されない。
なお、このようなセンチメントな課題について簡潔にまとめると様々な誤解を招くかも知れない。心配な読者はぜひ本書の中巻を読んでいただきたい。
本書を読むと、心理学の研究には実験や生命科学などの科学的データに基づいた客観的な分析が不可欠なことがわかる。今後、生命科学の進歩によりパーソナリティーと遺伝との関係がさらに詳しく解明されていくと思う。やがて外見と同じようにパーソナリティーもガラス張りになる時代がくるかも知れない。
ところで親から子への遺伝子の継承はどのように行われるのだろうか。人を含む有性生殖を行なう真核生物においては、減数分裂による子孫への遺伝子の継承が不可欠な役割を果たす。減数分裂においては、23対の父親由来の染色体と母親由来の染色体がペアになった相同染色体が、父親由来・母親由来の区別なく独立して組み合わせをつくり、2の23乗通り(840万通り)の配偶子(精子と卵子)を形成する。さらに、減数分裂の過程においては、父親由来の染色体と母親由来の染色体が交叉することによりランダムな遺伝的組換えが行われるので、事実上同一の配偶子は存在し得ないのである。
したがって、特定のパーソナリティーの特徴を表す遺伝子を父親由来の遺伝子から受け継ぐか、母親由来の遺伝子から受け継ぐか、またはどのような組み合わせになるかによって、兄弟といえども他人のように異なったパーソナリティーが表れる場合がある。さらに、潜性遺伝子の場合は遠い先祖の特徴が子孫に表れることがあるので、兄弟といえども互いに赤の他人のようなパーソナリティーを持っている場合もあるのである。
生まれながらに多様なパーソナリティーを持って生まれた子供の教育や育て方はどうあるべきだろうか。少なくとも、ブランクスレート説を前提とした一方的な押し付けの教育や育て方ではうまくいかないことは明らかである。私は子供の個性を発掘しそれを育てる教育や育て方が、上述した科学的データに裏付けられた「遺伝子説」に沿うものだと考えている。例えば、放任することなく適切な指導をしながら、子供には好きなことを思いっきりやらせてみることが、子供の自発的な成長を促すと考える。その中で、子供は自分に最も適した、または最も得意な生き方を学んでいくだろうからである。このような問題については、私のような子育ても終わり老人の域に突入した者よりも、もっと若い人が考え議論した方が、より実り多い人生を送ることになるのではないだろうか。この記事が、子育てや教育の在り方を改めて考えてみるきっかけになれば幸いである。
気分転換
保護して1年半、苦労した。。。
クロマチックハーモニカの練習の邪魔をする野良のララ、ハーモニカの音色が嫌いみたい、1日に3~4回埃にまみれた状態で訪ねてくる。そのたびに手拭いで拭いてやるが、いつも手拭いが真っ黒になる。
椅子までも占拠して、「ナンカ文句アッカ!」と言ってそうに見えて、実はたいへん繊細な子なのですよ。
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