徒然なるままに

あるがままを生きる

子猫を連れてきた野良猫

タマとの出会い


2016年2月中旬の早朝、寒さが身に染み入るような厳寒の中を、悲しそうに泣きわめきながら我が家の庭先を通り過ぎていくやせ細った猫を発見した。近づくと歯をむき出しにして威嚇するところや、鋭い目つきをしているところをみると野良猫に違いないが、どこか品性のよいかわいらしいところもある。年齢は3~4歳だろうか、若い印象を受ける。目が茶色いところを除くと、アメリカ原産のオホサスレスにそっくりである。


私はかわいそうになって、さっそくペット用の猫えさを与えると、貪るようによく食べた。ときどき、何かをしゃべるように声をあげながら食べることがある。相当お腹を空かしていたのかもしれない。毎朝毎夕食事を与えるのが日課になった。やがて情が移ってしまい、飼い猫のようにかわいらしくなってきた。そして、この野良猫の名前をタマと名付けた。


           濡れ縁の下で食事をするタマ



最初の出会いから10日ほどが過ぎると、タマも少しずつ馴れてきたようだが、近づくと相変わらず歯をむき出しにして威嚇する。人のやさしさに触れることなく、厳しい野生の世界で生きてきた性は簡単に治るものではないだろう。威嚇すると、なおいっそういじらしくなる。


                馴れてきたタマちゃん



やがてうららかな春の陽気が感じられる3月も終わり頃になると、日毎にお腹が大きくなっていくのに気付いた。単に、私が与えるエサで太ってきたせいだけではないように感じた。ひょっとするとお腹に子供がいるのではないか・・・ これからたいへんなことになりそうな予感が頭を過った。


              濡れ縁の下から上に昇格



果たしてタマはどこを塒(ねぐら)にしているのか?どうも同じルートで我が家にやってきて、同じルートで帰っていくようだ。そこで、後をつけてみた。すると、我が家から200mほど離れたマンションの一角で姿が見えなくなった。マンション付近が塒に違いないが、付近の住民に怪しまれるといけないので、それ以上追跡するのをやめた。



子猫が生まれた?


 2016年4月末頃、タマのお腹がペッタンコになり、乳房がピンク色に膨らんでいるのに気付いた。予感的中。覚悟しないといけない。いずれタマを捕獲して避妊してやろうと思っていた矢先、今度は子猫のことも考えながら対応しないといけないので厄介なことになってしまった。子猫たちのことが心配なのだろうか、タマの鳴き声はなおいっそうひどくなっていった。なんとかしてあげたいという気持ちでいっぱいだが、子猫は簡単に捕獲できるのだろうか?


タマが子猫を産んだに違いない思ってから1月が経過した6月はじめ、近所のアパートの裏庭で子猫の声が聞こえる。2階の窓から身を乗り出して見ると、なんともかわらしい子猫3匹とタマが一緒にいるではないか。タマの毛色は茶色なのに対し、子猫のそれは3匹とも黒でタマとは全く異なるキジトラだ。パパ猫に似たのだろう。子猫の足取りは、まだおぼつかなく、よちよちしている。よくここまで歩いてきたと思う。しばらくの間は、近所のアパートの庭に置いてある物置の下を塒にしていたが、やがて、隣家の裏のエアコンの室外機の下の空きスペースに変えた。この室外機は、ブロックで櫓を組んでその上に置かれていたので、ちょうどブロック間のスペースが雨風をしのいでくれるし、ブロックの筒穴が、子猫が隠れるのにちょうどよい。このような場所を見つけるのだから、親猫(タマ)はたいしたものだと思う。


            この室外機の下を塒ににしている



パパ猫発見


やがて、タマと子猫3匹と一緒にいるパパ猫を発見した。子猫に毛色と模様がそっくりのキジトラで、なかなかの男前で逞しそうだ。そしてこのパパ猫をゴンタと名付けた。惚れ惚れするような、野生のトラを小型にしたような男らしい、実にりっぱなパパ猫である。子猫もゴンタによくなついであり、仲睦まじい家族団らんの様子を眺めていると、なんとも気持ちが癒される。しかし、ゴンタが家族といっしょにいるのは稀で、どこで何をしているのかわからない。子供の世話はひたすらタマの役割だ。オス猫というものは身勝手な生き物だ。これが本性なのだろうから、きっと人間も本性としては、そのようなところがどこかあるに違いない。

(子猫の写真を掲載できればよいのですが、警戒心が強くシャッターチャンスに恵まれない。)


近所のエアコン室外機の下に居を構えて2~3日した頃、付近の小童どもが子猫に石を投げつける事件が発生した。それをきっかけにして、タマはまたも塒を移動しなければいけない羽目に陥ってしまった。


6月も中ごろになると、ゴンタがタマの後をしつこくおいかけているのが目撃された。タマもそれを嫌がっている様子はなく、むしろ非常に仲がよい。これはたいへんだ。案の定、我が家の裏でタマとゴンタが交尾しているのを目撃してしまった。一刻も早く、ゴンタを捕獲して去勢してあげないとタマがまたもや妊娠してしまう。そこで、さっそく通信販売で捕獲用のトラップを購入した。1万3千円也。これも社会貢献の一環として割り切るしかない。しかし、どうやって捕獲するか。大変難しいのだ。捕獲の順番としては、ゴンタ、子猫、最後にタマだ。タマを先に捕獲すると子猫の命が危ないからである。しかし、トラップにこの順番で入ってくれるとは限らない。トラップの中でもがいているところを目撃したり捕獲に失敗すると、おそらく警戒して二度と入ることはないだろう。


           子猫しか入れないように、カバーを設置



パパ猫(ゴンタ)を捕獲


2016年6月20日、タマはいつものように我が家で食事をして、満腹で塒に帰って行った。食事は、市販の一般の猫エサにカルカンと煮干しを混ぜたものと牛乳、それにウインナーを一日3本である。牛乳は1日約200mlも飲む。子猫にオッパイを与えるのでお腹が空くのだろう。それを理解しているので、ついつい惜しまず与えてしまう。


子猫は非常に警戒心が強く、人影を察知するとすぐに隠れてしまう。ほとんどの時間を塒のそばで遊んでいるようだ。おそらく、お腹いっぱいのタマはしばらくの間、我が家に来ることはないだろうと思った私は、すかさず、庭先にトラップを仕掛けた。すると間もなくして、外でガタガタ音がするので見ると、トラップの中でゴンタがもがいていた。ゴンタの気持ちを察するに、死を覚悟するような恐怖におののいていたに違いない。私が近づくと、牙をむき出した恐ろしい形相をして、うなり声をあげながら私に飛びかかろうと金網にぶつかってきた。その衝撃でゴンタの花は血が滲んでいた。


「ゴンタ、ごめん、ごめん。これから去勢だ。これがお前たちが人間界で幸せに生きる最善の方法なのだ。」と謝るしかなかった。


ペーパードライバー歴25年の私は、タクシーで動物病院まで行くしかない。そこで近くのタクシー会社まで歩いていったが、ゴンタの入ったトラップが重くて手指がちぎれそうになった。さっそくタクシーの後部座席にトラップといっしょに動物病院に走った。道中も、ゴンタは時々、うなり声をあげながら激しく金網に頭をぶつけてくる。その衝撃音とうなり声にタクシーの運転手も震えながら苦笑いしていた。キジトラの名にふさわしく、相当激しい気性をしているようだ。


二泊三日で手術が終わると、病院にゴンタを引き取りに行った。ゴンタに再会し、持参してきたウインナーを与えようとすると、食べるどころか前にも増して、牙をむき出しにした恐ろしい形相と、病院内に轟き渡るようなうなり声をあげながら攻撃してきた。「許してくれ」というしかない。家に帰るとさっそく解放してあげたが、どこかに逃げ去ったあと、その後姿を見ることはない。無事でいてくれるとよいが・・


(あとで感じたことだが、ゴンタは顔立ちや毛艶がよく太っていたところをみると、もしや、どこかの家猫だったのではないか? 去勢していない家猫は、絶対に放し飼いにしてはいけないと思う。)


      去勢手術を終えて帰宅し、再び野に戻す直前のゴンタ

           (唸り声をあげながら威嚇する様は野生そのもの、カメラを持つ手も震える。)



なお、お世話になった動物病院は、野良猫の保護にたいへん熱心なことでも評判の八王子市の「とちのき動物病院」である。野良猫の去勢手術や避妊手術は八王子市の助成も受けることができる。しかし、そうはいって、タクシー代も含めると、自己出費は6000円はかかる。



離乳期に入ったか?


 誕生からほぼ2か月が過ぎた6月末になると、タマは与えた食べ物を銜えて持ち去っていくようになった。子猫が離乳期に入ったのだろうと思って、遠くから観察していると、子猫の前に食べ物をそっと置くではないか。しかし、子猫は食べる様子はなく、食べ物をじっと眺めているだけである。このようなことを何回か繰り返しているうちに、タマが与えた食べ物を食べるようになった。タマを餌付けしているので、子猫も野生で逞しく生きていく力は弱いだろう。子猫も早めに保護してあげたい。


 7月に入り、3匹いた子猫が2匹になっている。失踪してしまったのは最も成長の遅かった子猫である。おそらく、何かの事件に遭遇したのか衰弱したのだろう。野生の厳しさを早くも見ることになってしまった。



人を警戒して近づかない子猫


 当初、子猫は簡単につかまるだろうと思っていたが、非常に警戒心が強く日毎に逃げ足も速くなっていく。写真を撮る余裕もない。子猫を先に保護したいのだが、どうすればよいか。そこで、子猫しか入れないようなプラスチックの板を作成して、トラップの入り口にはめ込んだ。しかし、これになかなか入ってくれないのである。そうこうしているうちに、日一日と子猫は大きくなっていくし、余り大きくなると里親を見つけるのは難しくなるかもしれない。悩みは深まるばかりだ。



タマに新たなストーカー現る


7月に入り、悩みの種がまた増えた。タマの後を付け回している新たなオス猫を発見。このオス猫は、野生の厳しさを示すかのように、荒々しい顔立ちで頭部には傷があり、骨格は太く大きいがやせている。哀れな姿だ。さすがに、タマもいやに違いない。タマは時々このオス猫にパンチを食らわすが、オス猫に動じる気配はなくしつこく付け回している。ゴンタと同じように捕獲して去勢するしかない。この1か月の間のゴンタの交配、そしてこの新たなオス猫の出現、タマは再び妊娠しているのではないか。またもや、悩みは深まるばかりだ。


             タマを付け回すストーカー              



意外にも子猫を捕獲


 子猫も大きくなってきている、タマも再び妊娠していることが疑われる、さらに子猫も大きくなっていく、一刻の余裕もない。そこで、7月18日、いちかばちか捕獲作戦を決行することにした。とはいえ、タマを先に捕獲することだけは何としても避けなければいけない。そこで、早朝、タマにお腹いっぱい食事を与えた後にトラップを仕掛けることにした。


予定通り、早朝5時にタマに食事をお腹いっぱい与え、5時半ごろトラップを仕掛けた。ストーカーならぬ新たなオス猫がかかる確率が高いと思っていた。トラップを仕掛けてしばらく経った、朝6時半頃、外でなにやら金網のカタカタする音が聞こえた。さては 捕獲したと思ってトラップを覗くと、なんということか、子猫が2匹入っていたのだ。


理想的な展開だ。あとはタマを捕獲して中絶手術と不妊手術をしてやればよい。子猫はパニック状態で、トラップ内で大暴れしている。タマもパニック状態で泣きわめきながら子猫を探している。つらいが耐えないといけない。猫を愛する気持ちに矛盾するかもしれないが、子猫のためには非情にならざるを得ないのだ。



あばれる子猫


 実は捕獲後のことを考えて、あらかじめ万全の準備をしていた。子猫用のエサ、ケージ、子猫が隠れるための自作の木箱、トイレ等である。


                 子猫用のケージ

(かつてフェレットを飼っていた2階建てのケージを平たくしたもの、やや小さい)



さっそく、トラップからこのケージに移したところ、ケージ内に用意した自作の木箱に飛び込んだまま死んだように静かにしている。私は一安心してケージ内を整頓しようと思い、ケージに手を差し込んだところ、突然、子猫がケージから飛び出してきた。幸い部屋を閉め切っていたので外に飛び出すことはなかったが、子猫は部屋の中を大暴れする。一匹はすぐに捕まえてケージに戻したが、もう一匹の子猫は部屋中飛び跳ねてなかなか捕まらない。30分程の悪戦苦闘の末ようやく捕獲したが、指を噛みつかれてしまった。やや深い傷で出血しまったが、幸い母猫のタマに噛みつかれたときの薬があったので大事には至らなかった。一連の捕獲作戦で子猫に人間不信のトラウマが根付いていないかと心配だ。



           ケージ内に設置した木箱に隠れて警戒する子猫

      (キジトラの子猫、右はパパ猫(ゴンタ)にそっくりな性格で気性が激しい)



これからのことが思いやられる。果たして慣れてくれるのか、病気は持っていないか、里親を見つけられるのか?そして母親であるタマの処置。やれやれ、軽い気持ちでタマに餌を与えたのがきっかけで、たいへんなことになってしまった。これも、もとはといえば、飼い主が無責任に猫を捨てたことに始まっているのだ。



泣き喚く親子


捕獲直後、子猫たちは緊張の余り鳴き声ひとつ出さず静かにしていたが、1日経ってしきりに泣き叫ぶようになった。するとこれに呼応するかのように、タマは取り乱したように泣きわめきながら家の周辺をうろうろするばかりだ。これが1日中続いているから、周辺住民も迷惑しているだろうと、申し訳ない気持ちでいっぱいだ。子猫をタマのもとに返してやろうかとも思うが、これでは振り出しに戻ってしまう。間もなく子猫達には厳しい野生の現実が待っていることは目に見えている。心を鬼にして耐えるしかないだろう。

 ところで、なるべく早くタマを捕獲して動物病院に連れていきたいが、これまでトラップに捕獲された子猫達の姿を見ているためだろう、トラップにはなかなか近付こうとしない。タマは私を信頼しているので、捕獲可能な距離まで近づいてくるので強引に捕まえてトラップに放り込むことも可能である。しかし、そうするとタマは2度と私を信頼しないかもしれない。


タマ捕獲強行失敗

タマに第3のオス猫が付きまとうようになった。普段意識していないと気付かないと思うが、野良猫の多さにはほんとうにびっくりするぐらいだ。雌猫は1年に2回妊娠するというから、すべての子猫が無事に成長すればネズミ算式に増えていくはずである。しかし、野良猫がネズミ程に多くないのは、本来、人に寄り添って生きてきた猫は、ネズミ程に野生に適合しにくいことや、カラスの餌食になるなど事故に会う機会が多いことにようのではないかと思う。タマの子猫も3匹のうち1匹がいつの間にか失踪してしまった。

 

タマはトラップには入ってくれそうにない。しかし、次の妊娠のことなどを考えると、これ以上タマがトラップに入ってくれるのを待っているわけにはいかない。そこで、7月20日の昼下がり、濡れ縁に食事にきたタマを素手で掴んで、強制的にトラップに入れることに決めた。そして、「タマちゃん、ゴメン」とつぶやきながら、背中の2か所を掴んで抑えつけた。思いの他、タマの体は相当にごつい。これが野生の底力か。何ということか、タマは力いっぱい掴んだ両手をスルリと抜けて逃げ去ってしまった。タマに私のほんとうの気持ちがわかるわけがない。これまで半年に渡って築き上げてきた信頼関係が、一瞬のうちに崩れ去ってしまった。タマはもう2度と帰ってこないのか?「タマちゃん、許してくれ」、憂鬱で何もかも放り投げてしまいたい気持ちだった。


タマに恐怖心を与えたのでもう帰ってくることはないと思っていた。しかし、翌朝帰ってきてくれた。私を信頼してくれているのだろう。タマを捕獲するのはほんとうにつらい。


7月22日、外は朝から小雨が降っている。野良猫たちはどうやっているのだろう。その日の昼下がり、いつものようにタマが現れた。そこで、心を鬼にして今度こそ捕まえてやろうと決心し、防護用手袋をして相当強引に掴んだが失敗。またもやヘマをやってしまった。今度こそ帰ってくることはないと思い、頭を抱え込んでしまった。2度の失敗と、タマに申し訳ないという気持ちで、肩からがっくり力が抜け落ちてしまった。


 しかし、夕方になって窓の外を見ると、お行儀よく座ってこちらを見ているタマがいるではないか。本当にほっとした。しかし、今度はさすがに警戒しているようで、しばらく遠くからこちらの様子を窺っていた。それでも、ビクビクしながら手元に近寄ってきて食事を始めた。この半年間築いてきた信頼の絆は、簡単には切れないようだ。捕獲という行為はタマに恐怖心を与えるので、かわいそうでつらい。私にとってタマはただの野良猫とは違うのだ。どうやって捕獲したらよいのか。悩みは続く。



馴れそうにない子猫


子猫を保護してから2日目の7月22日になっても、子猫たちは相変わらず一日中鳴き叫ぶ。家の外では、それに呼応するかのようにタマが鳴く。それが次第に増幅されてパニック状態だ。近所迷惑もいいところだ。


狭いケージに閉じ込められ、親に甘えたくても会えない子猫のことを思うとつらい。子猫達にはほんとうに申し訳ないと思う。自分の行った行為は、一面では罪深いものだと思う。鳴き声を聞いていると、たまに子猫をタマの元に帰してやろうかという気持ちがよぎる。しかし、自然の中で生きることの厳しさを考えると、子猫を親元に帰してしまったら後悔するだろう。


悩みは子猫たちの鳴き声だけではない。目を合わせただけで鬼のような形相をして牙をむき出して、「シア~、カッ(上下の歯を噛むような鋭い音)、ハー(息を吹きかける)、ダッ(金網を前足でたたく)」とありとあらゆる攻撃を仕掛けてくる。子猫とはいえ恐い。子猫はパパ猫に似るというが、気性の激しさはパパ猫(ゴンタ)とそっくりだ。果たしていつになったら馴れてくれるのだろうか。馴れないことにはボランティア団体が主催している譲渡会(里親探し)に参加もできない。また家族や隣近所に長期間迷惑をかけるのも忍びない。



ついにタマを捕獲


7月24日、早朝5時。トラップで捕獲するために、この2,3日、あまりエサを与えていなかった。この日、トラップの奥に誘導するように、煮干しをトラップの入り口から奥の方に一定間隔で置き、最も奥の方にウインナーや煮干しを山盛りした皿を置いた。タマは入り口から安全を確認しながら、1つ、2つ、3つと食べながら奥に進んで行った。そしてついに奥まで進んだところで入り口の扉が落ちた。ついに、捕獲したのだ。さすがに捕獲直後は、タマは暴れたが、私がいつものように優しく声を掛けると、徐々に落ち着き、やがて眠ってしまった。これでやっと避妊、中絶の手術ができる。もし、タマが再び子猫を産んでしまえば、これからの苦労は倍増するところだった。タマを餌付けしてしまったその責任を果たせる喜びでいっぱいだ。当初はこれで終わりのはずだったが、最大の難題は子猫の処置だ。やれやれ、生き物と下手に付き合うと、とんでもないことになってしまう。


さっそく、とちのき動物病院に電話する。すると、すぐに連れてくるようにということだった。


7月26日、子猫を保護してから1週間になる。相変わらず子猫たちは悲しそうに泣き叫んでいる。ママ猫(タマ)に会いたい寂しさ、窮屈なケージ、子猫の立場を考えると何とかしてあげたい気持ちで一杯だ。朝、とちのき動物病院に電話して、タマの避妊手術の経緯を聞いたところ、昨日手術が終了したので引き取りにくるようにとのことだった。タマは再び野にリリースするつもりだ。卵巣摘出後1日で野に戻すのは、いくら何でも酷だろう。しかも、きょうは雨だ。そこで、さらにもう1日入院させてもらうことにした。

 7月27日の午後、タマを引き取りに行った。3泊4日の入院だった。ちなみに、避妊手術、ワクチン接種、ノミ駆除、入院の総額1万7000円也。八王子市からの補助を差し引いても1万2000円の自己負担だ。年金生活者にとって負担は軽くない。診断書によると、タマは1歳ぐらいということだった。この年で子猫を産むのかと驚かされる。タマは若いし美人だし、オス猫にもてるのだろう。なんと、この1カ月の間に立ち代わり入れ替わり、4匹のオス猫がタマをしつこく追っかけ回しているのを目撃した。野良猫の多さ、繁殖行動の盛んなことに驚かされる。


タマは元気な様子だったが、かなりやせ細っていた。タクシーで自宅に着くと、いつものように大声で鳴きだした。すると、我が家のケージに保護にている2匹の子猫も大声で鳴きだした。やれやれ、また始まるのかなあ。タマをケージから出す前に写真を撮る予定だったが、慌ただしさに気を取られてすっかり忘れてしまった。ケージを開けると、タマは逃げるように飛び出して行った。しかし、相当お腹が空いていたのだろう、すぐに戻ってきたので、エサを与えると貪るように食べた。その後、朝夕2回、「ニャーオー」と小さく甘えた鳴き声をあげながら、我が家の庭に顔を見せるようになった。もう、子猫を産む心配もない。拒む理由は何もない。これでよいのだ。


        避妊手術後のタマ(避妊したことを示す耳カットが痛々しい)



7月28日、子猫を保護しているケージが狭いので、すこし大きなケージに移した。1週間前まで広々とした野で自由に遊んでいたのに、狭いケージに閉じ込められ、しかもママ猫から引き離されたのだから、どんなにか不安でつらかっただろう。


                 新居購入



ケージを移動する際に捕まえると、またも大声をあげて大暴れした。却って人への恐怖のトラウマの傷を大きくしたかもしれない。いつになったら馴れてくれるのか、先が見えない。いまだに、威嚇しまくりなのだ。元気良くなった分、迫力満点である。これでは、病院に連れていくこともできない。いまだにオス猫かメス猫かの確認すらできないのだ。タマが我が家にやってきた当初、たいへんなことになるとは予想していたが、ここまで手がかかるとは思ってもみなかった。生後4か月後の捕獲は、人に馴らすには遅すぎるのかも知れない。子猫達にとって幸せだと思ってやっていることが、実は人間の価値観に基づくものであって、子猫達にとってはそうでないかもしれない。風雨にさらされ、食に苦労して短命に終わっても、生まれ育った野を自由に駆け回る方がこの子猫達にとっては幸せかもしれない。しかし、それは子猫に野生で生き残っていく逞しさがあることが前提である。この子猫たちは野生の力を失いつつある。子猫を野良に戻すと、やがて体が弱り、カラスの餌食になってしまう悲惨な姿が目に浮かぶ。やはり、子猫を最後までかわいがってくれる里親に送り届けるまで頑張るしかないだろう。


    野生育ちの精悍な顔立ちのすばらしい子猫達なのだが・・馴れてくれるのか?



さいごに


子猫を連れた野良猫を保護することが、どんなにたいへんなことかおわかりいただけたと思う。子猫の性格にもよるかも知れないが、人のぬくもりややさしさを知らないで育った子猫は、人に馴れるのが容易でない。これが最大の問題だろう。


今回の経験を通じて、野良猫対策の最も有効な手段は、避妊と去勢を行って増えないようにする、そして野に帰してあげることだということを実感として感じた。もちろん、捕獲して殺処分は論外だ。自治体と協力しながら、地域ぐるみで野良猫の避妊や去勢に積極的に取り組む、そして避妊や去勢をした猫達を温かく見守っていく、このような取り組みが社会にもっと浸透していったらどんなにすばらしいことかと思う。


私は野良猫を含む野生動物に対するやさしさや大らかさは、同時にその社会のやさしさや大らかさを表すバロメータだと信じている。増えすぎるのは問題だが野良猫一匹も住めない社会なんて、どんなにつまらなく殺伐とした社会だろう。それは同時に、人間社会の崩壊に繋がっていくと思う。





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