音楽は心の友
クロマチックハーモニカの本格的練習開始から9カ月が過ぎようとしている。最初の頃は週末3時間程の練習に過ぎなかったが、今では平日も毎日2時間程の練習をしている。上達するのが手にとるように実感できるから楽しい。
ハーモニカ歴60年とはいえ、唱歌や童謡などのハ長調の曲しか吹けない、楽譜は読めない、といった全くのド素人のレベルだったので、実質はハーモニカ歴9カ月といってもよいかも知れない。クロマチックハーモニカは、1本でほとんどすべての曲を吹けるので、この半年余りで音楽の世界が飛躍的に広がった。特にクラシックを吹けるようになったのは大きい。これまでクラシックといえばなんとなく近づき難い感じがあったが、自ら演奏してみると、その格調高い旋律に身も心も浄化される。作曲の背景まで思い描きながら演奏すると、これまた格別である。すっかりクラシックの虜になってしまった。
ちょうど外国に滞在して洋食ばかり食べていると無性に味噌汁が恋しくなるように、格調高いクラシックや洋楽ばかりを吹いていると、ついつい演歌を吹いてみたくなってくる。しかし、演歌ばかり吹いていると気持ちが重たくなってくる。演歌は、貧しさや苦しさの中から湧きだした庶民の情念を表現したものが多いからだろう。西洋の王侯貴族など上流階級を中心とした人々の古典芸術であるクラシック音楽とは対照的である。
演歌のメロディーはyoutubeで検索した好みの歌手の音階に移調してから演奏するが、好みのメロディーには、なぜか“♯”や“♭”がたくさんついた(変)ホ長調とか(変)ロ長調とか(変)イ長調とかいった、いかにも取っつき難そうなものが多い。音楽家であるシューバルト(Schubart)(1739-1791)による各音階の性格によると、例えば、“変ロ長調”については「快活な愛、善良な道徳心、希望、より良き世界への憧憬」とある。哀愁漂うメロディーの中にも明るい希望の見える曲が好きなので、シューバルトの分析は”中らずと雖も遠からず”といった感じである。このような音階の曲は、クロマチックハーモニカのスライドレバーを押したり、吹いたり吸ったりと忙しいので、反射神経が鈍くなった初老の身にはこたえるが、ボケ防止には良いかも知れない。ちなみに、唱歌や童謡に多い”ハ長調”については、「完全な純粋、純真、素朴、子供が話す言葉のようである。」とある。うなずく人も多いと思う。
音楽でもっとも大切なのは、演ずる人の心の表現であると思っている。表現力豊かな素直な響きが心を揺さぶる。逆にテクニックばかりが前面に出た演奏はつまらない。私の場合は、まだまだ基礎のレベルで、音楽の表現には程遠いと思う。しかし、今の調子であと1-2年も練習すれば、かなりのレベルにいくだろうという手応えはある。年老いつつも、未来は明るい。
この9カ月、音楽の幅が飛躍的に広がった理由は、クロマチックハーモニカとの出会いはさることながら、楽譜を見ながら演奏できるようになったことが大きい。当然、基礎的な楽典を理解する必要もある。しかし、その気さえあれば誰でも容易に理解できると思う。この壁を破ると、あとは練習のみである。日に日に上達していく。そして、その練習の動機付けとなるのが、第一に好きなこと、次に練習により上達を実感できることだろう。
ハーモニカは、これまでの私の人生において、つねに疲れた心を癒してくれる心の友であった。そして、クロマチックハーモニカとの出会いによって新たな人生の扉を開くことができた。音楽は素晴らしい。そして音楽を実践することにより音楽の世界が広がっていく。
どんな楽器でもよいと思います。好きなものがあれば、年齢に関係なく、ぜひあなたもトライしてみたらいかがでしょうか。きっと素晴らしい明るい世界が広がってきますよ。
0コメント